BRAF遺伝子変異検査

はじめに

 犬の移行上皮癌や前立腺癌は侵襲性が強く転移性も高い悪性腫瘍です。発見時の進行度合いに応じて治療法が選択されますが、頻尿血尿などの明らかな症状が出てからご家族が気付くため発見が遅れることがあります。診断においては病変の超音波による描出、そして疑われる病変から採材した細胞組織の形態評価が行われています。しかし、検体の採材量不足や尿による変性で正確な診断が得られず形態だけでは確定診断に至らないことがあります。そこで弊社では診断をより確定的にするための補助となるBRAF 遺伝子変異検査を受託しています。本検査は侵襲性の低い採材法による検体で検査可能で、感度と特異度が高く、腫瘍と確定したい場合には形態評価との組み合わせで有用性を示します。

犬のBRAF 遺伝子変異

犬のBRAF 遺伝子変異

 犬の移行上皮癌および前立腺癌においてはBRAF 遺伝子(V595E)変異が高頻度で起こることが報告されました。この変異は移行上皮癌および前立腺癌以外にもいくつかの腫瘍において低頻度で起こっていることが同時に報告されています。しかし、移行上皮癌及び前立腺癌では60-80%の高頻度で変異が起こっていることから、診断的マーカーとして利用されています。(表1)

表1 犬の各種疾患におけるBRAF 遺伝子の変異率

表1 犬の各種疾患におけるBRAF 遺伝子の変異率

 *1:3) の論文では、droplet digital PCR (ddPCR) という検出感度に優れた方法を用い変異率を算出していますが、表中の検
出率はPCR-RFLP 法と感度が同等のDNA シーケンス(ザンガー法)で算出した検出率を掲載しています。
1) Decker B. Mol Cancer Res. 2015 Jun;13(6):993-1002.
2) Mochizuki H, PLoS One. 2015 Jun 8. doi: 10.1371/journal.pone.0129534.
3) Mochizuki H. PLoS One. 2015 Dec 9. doi: 10.1371/journal.pone.0144170

検査について

検査方法

 PCR-RFLP(Polymerase Chain Reaction-Restriction Fragment Length Polymorphism)
 PCR 法によりBRAF 遺伝子を増幅します。次に野生型のBRAF の遺伝子配列を切断する制限酵素を用いてPCR 増幅産物を切断します。
本検査では変異がない場合には切断されますが、変異がある場合には切断されません。

結果の解釈

 移行上皮癌あるいは前立腺癌における変異率は60-80%です。一方、これらの癌のうちの20-40%、過形成あるいは炎症病変では変異は検出されません(図1 参照)。 これは腫瘍マーカーとして感度が高く、特異度が100%であり、理論上、BRAF 変異があるということは移行上皮癌あるいは前立腺であることを示しています。
 このことから、弊社では解析結果に応じて「変異あり」「検出されず」を主たる結果として報告しています。「変異あり」は、他の検査と合わせてより確定的な診断材料となる意義があります。しかし、この結果をもって癌の分類はできません。一方、「検出されず」は変異を持たないタイプも存在するため、移行上皮癌あるいは前立腺癌を否定する意味ではないことに注意が必要です。また、検体中の腫瘍細胞の割合が少ない場合には変異の有無の判断がつかない場合がありますので、ご注意ください。

図1.尿路上皮系病変におけるBRAF 変異頻度の模式図

図1.尿路上皮系病変におけるBRAF 変異頻度の模式図

 外円は診断結果、内円は遺伝子検査結果を示しており、外周の値は移行上皮癌あるいは前立腺癌における変異陽性率(60 ~ 80%)および変異陰性率(20 ~ 40%)を示しています。

適用

以下のような場合のご利用をご検討ください。

  • 超音波検査で膀胱壁の肥厚などが認められたが開腹は困難であるため、尿や尿道カテーテルで採取した細胞で腫瘍性変化であるのか否かを明らかにしたい。
    摘出された組織でなくとも、目的の腫瘍細胞が含まれている検体であれば尿や膀胱尿道洗浄液で検査可能です。
  • 細胞診/ 病理診断で移行上皮癌/ 前立腺癌が疑われたが、確定診断が得られていない。確定診断の根拠が欲しい。
  • 細胞診を行ったが形態を維持した細胞が少なく評価が困難であった。
    基本的には細胞数が十分であり形態評価で診断が得られれば本検査を利用する意義は低いと考えられます。しかし、形態評価の結果、検体量の不足や尿による変性で診断が困難な場合、細胞診であれば鏡顕後のスライド標本でも検査は可能ですので、形態評価後の本検査の利用は有用だと考えられます。
  • 形態評価では癌は否定的であったが、症状との整合性がつかず癌を否定できない。
    検査後のスライド標本あるいは再採材検体を用いた本検査の利用が診断につながる可能性があります。

検体

表2.検体の採材・提出方法

表2.検体の採材・提出方法

注意事項
必ず目的の癌細胞が検体中に含まれる必要がある
ホルマリン浸漬検体は検査感度低下の可能性があるため推奨しない
同一個体でも、他の組織(口膣粘膜、唾液、血液)では検出されない

よくあるご質問

BRAF 遺伝子に変異が検出されれば腫瘍性増殖と断定できますか?

非腫瘍の組織から変異は検出されていないため、腫瘍性増殖の可能性が非常高いといえますが、細胞診・病理診断とあわせて評価する必要があります。

BRAF 遺伝子に変異が検出されなければ腫瘍性増殖を否定できますか?

否定できません。膀胱の移行上皮癌や前立腺癌で変異が検出される割合は60 ~ 80% です(「エビデンス:参考資料」参照)。残りの症例は変異が検出されないタイプです。また、検体中に腫瘍化した細胞が含まれていない場合には、変異を有する腫瘍であったとしても検出は困難です。
尿や膀胱洗浄液を用いた場合には注意が必要です。

移行上皮癌と前立腺癌の鑑別に使えますか?

どちらの腫瘍も変異が一定の割合で検出されているため、鑑別は困難です。

分子標的薬の効果予測となりますか?

なりません。
犬においてはBRAF 変異腫瘍に対し選択的に効果を示す分子標的薬の適用は現在報告されておらず、本検査は移行上皮癌あるいは前立腺癌の診断の補助として利用していただいています。

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