犬の遺伝性メトヘモグロビン血症遺伝子検査2023.03.22
遺伝性メトヘモグロビン血症と遺伝子検査
酸素の運搬を担うヘモグロビン(Hb)が酸化されるとメトヘモグロビン(MetHb)となり主にシトクロムb5とシトクロムb5還元酵素の作用によりHbに戻ります(この経路以外にフラビン、アスコ
ルビン酸などによっても還元されます。図1)。
MetHbはHbに比べ酸素運搬能が低く血液中で増加するとチアノーゼや呼吸困難などが生じます。血液中でMetHbが異常に増加するメトヘモグロビン血症には薬物(アセトアミノフェン、硝酸塩、亜硝酸塩など)摂取による後天性のものと遺伝子変異による先天性のものが存在します。遺伝子変異が特定された犬の先天性メトヘモグロビン血症の報告が複数存在します(1, 2, 3, 4, 5, 6 )。シトクロムb5 に変異が確認された症例報告が1報ありますが、その他多くの症例ではシトクロムb5還元酵素の変異が確認されています(表1)。
国内では2019年、岩手大学のグループから福島県のポメラニアンのシトクロムb5還元酵素の変異が報告されました(3)。それ以降国内における報告は確認されていませんが、 2022年に栃木県の動物病院にメトヘモグロビン血症を疑うポメラニアンが来院しました。本症例の遺伝子を弊社で解析したところ岩手大学のグループの報告と同じ変異が検出されました。そこで弊社においてポメラニアンのDNAを無作為に解析したところ、当該症例以外に変異を有する個体は確認されませんでした(0/30)。しかし米国および豪州において国内で報告された変異と同じ変異を有するポメラニアンの症例が複数報告されています(表1)(4, 5) 。さらに、他の品種においてはシトクロムb5還元酵素に別の変異が報告されています(2, 5) 。これらの結果から変異頻度は低いものの国内のポメラニアンにおいてシトクロムb5還元酵素の変異による遺伝性メトヘモグロビン血症が発生していること、そして海外の症例からポメラニアン以外の品種においても変異を有する個体が存在する可能性があることが分かりました。
メトヘモグロビン血症では可視粘膜のチアノーゼを呈し、重症例では呼吸器障害・意識混濁などが認められます。しかし、福島と栃木の症例は来院するまでメトヘモグロビン血症が原因と思われる障害は確認されませんでした。両症例とも非常に重度なチアノーゼが見られ(写真1)、静脈血は暗赤色を呈していました。しかし緊急性が高かった別の疾患の手術が行われました(鼠径ヘルニア、膣平滑筋腫)。術中の経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が常時90%を示していましたが無事に手術を終えています(3)。海外の症例ではチアノーゼ以外に運動不耐性や意識障害が確認されたため、手術前にメチレンブルーを投与しメトヘモグロビン濃度の改善がみられた状態で手術が行われました(2, 6)。国内と海外の症例の症状の違いはシトクロムb5還元酵素の変異部位の違いによることが示唆されています(5) 。報告によると国内の症例で検出された変異( I194L )はシトクロムb5還元酵素の活性に与える影響が他の変異( G76S、T202A、R219P)に比べ小さいことが予想されています。これらのことから遺伝子検査はチアノーゼの原因特定に有用であるだけでなく症状の重症度を予測するのに有用な手段であると考えられます。
1: J Vet Intrn Med. 2014 28:1626.
2: J Vet Intrn Med. 2017 31:1860.
3: J Vet Intrn Med. 2018 32:165.
4: J Vet Intrn Med. 2019 33:868.
5: Sci Rep. 2020 10:21399.
6: Top Companion Anim Med. 2022 49:100649.
遺伝性メトヘモグロビン血症遺伝子検査の詳細
◇解析遺伝子と変異
シトクロームb5還元酵素
1) c.227G>A (cagtcGgtgag)、p.G76S
2) c.580A>C (gtgccAtcatc)、 p.I194L
3) c.604A>G (accccAccgtg)、p.T202A
4) c656G>C (gctgcGgcccg)、p.R219P
NCBI Reference Sequence: NC_051814.1
◇解析方法
DNAシーケンス
◇対象品種
ポメラニアン
*他の品種でも検査は可能性です。海外ではポメラニアン以外にピットブルテリアや小型の雑種犬から変異が検出されています。しかし、国内のデータが限られているため、積極的にはお勧めできません。
◇検査費用
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◇検 体
全血(EDTA)-0.5cc
◇報告日数
10営業日(ケーナインラボに到着後)