プロウイルス遺伝子検査/
ウイルス定量検査/抗体検査の比較
感染
ネコの末梢血中にウイルス(FIV,FeLV)が侵入します。
融合
ウイルスは白血球と融合し、白血球内にウイルスの遺伝子(RNA)と逆転写酵素を放出します。
逆転写
ウイルスRNAと一緒に放出された逆転写酵素により、RNAからDNAが合成されます。
組み込み
合成されたDNAが白血球のDNA中に組み込まれます。
この状態をプロウイルスと呼びます。プロウイルスの状態で留まる症例も存在します。
活性化
何らかの刺激により、プロウイルスからウイルスRNA構造や構造タンパクが合成されます。
増殖
白血球からウイルスが放出されます。
Check Point
- プロウイルス遺伝子検査
- FIVに感染しているのか否かを知りたい
- FIV定量検査
- AIDSを発症しているか否かを予測したい
- FIVサブタイプ分類
- 将来AIDSを発症する可能性があるのか知りたい
よくあるご質問
仔猫でFIV抗体が検出されました。移行抗体であるのか否かを調べたいのですが、
何の検査をすれば良いですか?
仔猫に母猫からの移行抗体が残存すると院内キットや抗体検査では「陽性」と判定されることがあります。プロウイルス遺伝子検査は移行抗体の影響を受けないため、天然株の感染の有無を正確に判定できます。
検出感度は?
PCR法は遺伝子を増幅し検出する検査であるため、検出感度に優れています。また、複数のPCRを行うことで遺伝子に多様性があるFIVを漏れなく検出するように組み立てられています。しかし、検出が困難なタイプを完全には否定できないため、「検出されず」という結果は感染の可能性は低いと言えますが、感染していないと断言するのは困難です。
昨日感染猫と接触しました。今日の検査で感染を明らかにできますか?
感染初期などプロウイルスが形成される前に本検査を行っても「検出されず」と判定されます。感染の可能性がある時期から3週間以上あけてから検査する必要があります。
抗体検査と遺伝子検査に感度・特異度の差はありますか?
成猫であれば、両者の感度・特異度に大きな差はないと考えられています。しかし、幼猫では親猫からの移行抗体の問題があるため、差があると考えられています。移行抗体は生後6ヶ月あたりまで仔猫に残るため、これまでの時期に検査をする場合にはプロウイルス遺伝子検査が良いと考えられます。
FIV定量検査 エビデンス
J. Virol. 76: 10079-10083 (2002)の
データを一部抜粋
ウイルス数と病期
抗体検査によりFIVの感染が確認された33症例を臨床症状から3つのステージ(無症候期、エイズ関連症候群期、後天性免疫不全症候群期)に分類しました。全ての症例で血漿中のウイルス数をリアルタイムPCR法により算出し、ウイルス数と病期の相関について検討しました。グラフの横軸は病期、縦軸はウイルス数を表します。
無症候期では、13症例中11症例で血漿ウイルス数が106/mlを下回っていたのに対し、エイズ期では12症例中10症例で上回っていました。これらの結果より、血漿中のウイルス数を測定することで、エイズの発症を予測することが可能と考えられています。
図2-1
ウイルス数と予後
抗体検査によりFIVの感染が確認された33症例について、血漿ウイルス数を算出し106/ml以上検出された群と未満であった群に分け、それぞれの群の生存率を比較しました。
106/ml未満の群は、40カ月を経過しても生存率は70%を越えていましたが、 106/ml以上検出された群では、20%以下でした。これらの結果より、ウイルス数を測定することで予後を予測することができ、飼い主様に有用な情報を提供できると考えられています。
図2-1
よくあるご質問
FIV定量検査で感染の有無を判定できますか?
FIV感染猫では血漿中にウイルスが出現していない個体が存在します。この様な個体で本検査を行ってもウイルスは検出されません。したがって、感染の有無を判定する検査としては適当ではありません。プロウイルス遺伝子検査をご検討下さい。
判定基準はありますか?
血漿1mL中のウイルス数が106を超える猫ではAIDSを発症し、予後が悪いことが示唆されていますが、厳密に106で線引きできるものではありません。無症候期の個体であっても106を超えたり、106を超えないまでも105以上検出される症例が存在します。この検査のみから発症の有無などを断定するのは困難です。あくまで1つの判断材料としてお使いください。
猫免疫不全ウイルスとサブタイプ
図4-1
Check Point
国内では複数のサブタイプが検出されていますが、
蔓延しているサブタイプが地域により異なるようです。
猫免疫不全ウイルスサブタイプと
病原性(FIVサブタイプ分類の学術資料)
FIVに感染してもAIDSの発症に至らない症例が数多く存在し、発症するのか否かは感染したFIVのサブタイプによると言われています。実際にFIVの病原性がサブタイプにより異なる事が示された報告を紹介します。
SPF猫に異なるサブタイプのFIVを感染させ、長期間観察
(J. Vet. Med. Sci. 60(3) 315-321, 1998)
4~5.5ヶ月齢のSPF(Specific pathogen free)猫にサブタイプA(米国分離株)1株とサブタイプB(国内分離株)2株をそれぞれ感染させ、約9年間観察した報告になります。
サブタイプAを感染させた個体では感染8年8ヶ月後に重度な下痢・歯肉口内炎・食欲不振・脱水、そして体重の著しい減少が認められました。また、ヘマトクリット、赤血球、白血球、リンパ球、血小板の減少が認められ(下表参照)、輸血を行いましたが感染9年後(9歳6ヶ月齢)に腹腔内出血で死亡しました。一方、サブタイプBを感染させた2頭は軽度な下痢・歯肉口内炎・食欲不振と体重減少が見られたものの明らかな臨床症状は確認されませんでした。
サブタイプA感染猫が亡くなる4ヶ月前の血液学的検査、血清ウイルス数、抗体価の比較
Check Point
サブタイプBは他のサブタイプに比べ病原性が低いと考えられています。
猫の抗ウイルス機構とウイルスの感染因子
(FIVサブタイプ分類の学術資料)
ここでは猫の抗ウイルス機構の一つであるAPOBEC3のG-to-A変異と、ウイルスが感染拡大のために持つVif因子について解説します。このVif因子がFIVのサブタイプにより機能が異なります。
ウイルス粒子の合成
プロウイルス(感染細胞のDNAに組み込まれたウイルス由来のDNA)からウイルスの構造タンパクや修飾因子が合成されウイルス粒子が作られます(下図A①)。
防御因子のパッケージング
白血球内ではAPOBEC3(Apolipoprotein B mRNA-editing enzyme catalytic polypeptide-like 3)が合成されウイルス粒子内にパッケージングされます(下図A②)。
APOBEC3のG-to-A変異
ウイルス粒子が新規感染細胞に感染しAPOBEC3が細胞内へ放出されます(下図A③)。APOBEC3はウイルスのマイナス一本鎖DNAのシトシン(C)を脱アミノ化しウラシル(U)に変換します(下図A④)。この変換によりウイルスのプラス鎖DNAのグアニン(G)はアデニン(A)へと変換されます(G-to-A変異)。ウイルスは正常なタンパク質の合成やRNAの複製が出来ずに増殖することが出来なくなります(下図A⑤)。
Vifの作用
ウイルスはAPOBEC3を不活化するVif (Virus infection factor)を 合成します。Vifは感染細胞内のタンパク分解経路を利用してAPOBEC3を分解することで、感染の拡大を図ります(下図B⑥)。
図A. APOBEC3の作用(ウイルスの増殖抑制)
図B. Vifの作用(ウイルスの増殖促進)
Check Point
猫のAPOBEC3はFIVの遺伝子を変異させ、ウイルスの増殖を抑制します。
一方、FIVのVifはAPBEC3を分解し、ウイルスの増殖を促進します。
Vifの活性をサブタイプで比較
(FIVサブタイプ分類の学術資料)
Vifの活性がFIVのサブタイプにより異なる事を報告した論文を紹介します。
J Virol. 2017. doi: 10.1128/JVI.00250-17.
方法
3種類のAPOBEC3および4種類のVifを様々な組み合わせで培養細胞に発現させ、培養上清中に出てくるウイルス粒子を測定し相対的な感染率を算出しました。
3種類のAPOBEC3とコントロール
①A3Z2: G-to-A変異の活性が弱い(FIVの感染力を低下させる能力が低い)
②A3Z3: G-to-A変異の活性が強い(FIVの感染色を低下させる能力が高い)
③A3Z2Z3: G-to-A変異の活性が強い(FIVの感染色を低下させる能力が高い)
④No. A3:APOBEC3を発現させていない細胞
結果
APOBEC3を発現させていない細胞(No A3)に各Vifを発現させた場合の感染率を100とし、これを基準に異なるAPOBEC3を発現させた場合の感染率を測定しました。
1)感染力を低下させる能力が低いA3Z2を発現させた細胞ではVifなしを含め感染率の低下は認められませんでした。
2)感染力を低下させる能力が高いA3Z3とA3Z2Z3を発現させた細胞では、Vifな(黒)とサブタイプB(桃)の感染力が著しく低下しました。
Check Point
サブタイプBのVifは他のサブタイプに比べ活性が低いため、猫の抗ウイルス因子(APOBEC3)を不活化する能力が低いと考えられます。
そのため、ウイルスが大量の増殖することができず、AIDSにいたる可能性が低いと考えられています。
よくあるご質問
FIVサブタイプBに分類された場合、AIDSは発症しないと言えますか?
現段階では発症しないと断定することはできません。しかし、サブタイプBの病原性が低いことは、感染実験や分子生物学的に示されています。
FIVサブタイプB以外に分類された場合、AIDSを発症すると言えますか?
必ず発症するとは言えません。発症に至るまでには様々な要因が関わります。
どんな場合でもタイプ分類は可能ですか?
基本的にはFIVが感染していれば解析は可能です。しかし、感染初期などプロウイルスが十分に形成されていない場合には分類できないことがあります。抗体検査、猫免疫不全プロウイルス(proFIV)検査などで、感染を確認してからご依頼ください。プロウイルス遺伝子検査とサブタイプ分類を組み合わせた検査もご用意しています(頁14参照)。